健康食品・サプリメント受託製造OEMで貴社のPBを製造します

バックナンバー

前回予告した通り、今回から「健康食品の歴史を巡る旅」への案内役を勤めさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

歴史に人物あり

歴史を振り返るとき、何に主観を置くか。出来事なのか人なのか。

歴史の授業で年表などをテストのために覚えましたが、正直つまらないものでした。
それよりも歴史小説に出てくる英雄・豪傑たちの活躍に胸躍らせたものです。

それもそのはず、歴史とは人間の営みの記録であるからです。
もしそこに人間の息吹が感じられなければ、その時代の背景に何があったのかは見えてきません。

現存する文献資料や口頭伝承を基に、作家の想像力を駆使して命を吹き込まれた歴史上の人物たちの生き生きとした描写は、その時代へと一瞬にしてタイムスリップさせ、今まさに目の前で行動を起こしているような錯覚を呼び起こさせます。

そのような読書体験の中で、登場人物たちは、時には読む者の師となり、あるいは友となり、はたまた反面教師となり得ます。

さて、「健康食品の歴史」へ皆様をご案内するために、私が最初に選んだのは、我が国が世界に誇る二人の偉大な創業者です。

健康食品に携わる者として、これから健康食品を作る、もしくは興味をお持ちの方々にぜひ知っていただきたい商品開発秘話をこれから簡単にご紹介していきます。

もちろん、私はプロの記者でもなければ、作家でもありませんので、拙い文章はどうかご容赦ください。またここに紹介するからといって、その企業と利益供与があるわけではないことを最初にお断りしておきます。

それでは、どうぞ最後までお付き合いいただけると幸甚です。

「初恋の味」は、遼か草原を越えて

「初恋の味」と聞いてあなたは何を思い浮かべますか?
胸を焦がすような、あの甘酸っぱい感覚。それを見事に表現した商品が、この日本にはあります。

そう、その名も「カルピス

実際は「カルピス」を表現するために、この珠玉のキャッチフレーズが出来上がったのですが、まさに言い得て妙。

小さいお子さんに「初恋の味ってどんな味?」って聞かれたときに「カルピスの味」だよって答えると、そのお子さんのニッコリした笑顔。そんな微笑ましい光景が目に浮かぶようです。

その発売は、なんと1919年(大正8年)にさかのぼります。
あと5年で100周年。一体どれほどの商品がこれほどの年月を経て愛され続けることができるでしょうか。まさにレジェンドですね。

カルピス誕生秘話

カルピス

「カルピス」の生みの親は、三島海雲氏です

住職の長男として生まれた氏は、大学で仏教を学んだ後、商才と大志を抱いて中国大陸へと渡ります。
国からの仕事で内モンゴルに入った海雲氏は、現地で体調を崩した際、遊牧民が毎日飲む「酸乳」によって瀕死の状態から回復したそうです。

後に「異郷の地で不老長寿の霊薬に出遭った思い」と述懐しているほど感銘を受けた海雲氏は、日本に帰国してから、国民の「心とからだの健康」を願って、この「酸乳」を日本に広めたいと志し、製品開発に取り組みました。

余談ですが、「カルピス」の名前の由来は「醍醐味」です。物事の本当のおもしろさや、深い味わいをさす言葉の語源は、仏教用語の「五味」で「最後にして最高の味」とされています。五味とは、牛や羊の乳を精製する過程における、「乳・酪・生酥・熟酥(サルピス)・醍醐(サルピルマンダ)」の五段階の味のことです。

海雲氏はカルピス前身の最初の製品である発酵クリームに「醍醐味」と名づけ発売しましたが、大量生産が困難だったことから失敗。その後も何度かの失敗と試行錯誤を経て、ついに世界に先駆けた、日本初の乳酸菌飲料「カルピス」の大量生産に成功し、七夕の日に発売を開始します。

当時命名する際に、日本人に不足しがちだった「カルシウム」と「醍醐味」のサンスクリット語の「サルピルマンダ」を合わせて「カルピル」にしたかったのですが、どうも語感がよくない。それなら次位の「熟酥」の「サルピス」とくっつけて「カルピス」ならどうだろうと、作曲家で音声学の権威である山田耕筰氏に相談し、お墨付きをもらったことで、後年多くの人々に愛され続ける商品の名前となったのです。

国利民福の精神

海雲氏は、カルピスの本質を

●おいしいこと
●滋養になること
●安心感のあること
●経済的なこと

としています。

そして仏教哲学に精通し、その思想を根底に生きる氏は、「国利民福(国家の利益となり、人々の幸福につながる)」の精神に則り事業を進めていきます。

それが最も顕著に現れたエピソードが、1923年(大正13年)の関東大震災での「一杯のカルピス」です。

震災の火事により焼け野原となった東京で、幸い山手の恵比寿にある本社は水が出ました。そこで工場にある原液を使って、氷で冷やした「カルピス」をつくり、飲み水を求める人々に無償で配っていきました。
金庫にあった全財産の二千円を投じ、トラック4台をチャーターして行ったカルピスキャラバン隊は、多くの被災者を勇気づけると共に、世間に大反響を起こしました。

また、ひな祭りには全国の幼稚園、保育園の園児にカルピスとミニ絵本をプレゼントする取り組みを行っています。

こうやって「初恋の味」は「国民飲料」となっていったのです。
モンゴルの草原で助けられた「いのち」は、大乗仏教の精神をもって、ここ日本で大輪の花を咲かせました。
なんともロマン溢れる物語ではありませんか。

最後に、海雲氏が講演会で語った言葉をご紹介して締めたいと思います。
「私欲を離れよ、そして大志を持て」

その域にたどり着けるよう心掛けたいと思います。

今回のまとめ

国民に愛される商品というのは、私利私欲を超えた普遍的精神が備わっている。

参照:
ウィキペディア「三島海雲

カルピス企業情報「創業者 三島海雲」「カルピス社史

JBPRESS「世界の飲み物になった日本発の乳酸菌飲料